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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)5177号 判決 1998年1月28日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

福本康孝

川西渥子

被告

株式会社ダイエー

右代表者代表取締役

中内功

右訴訟代理人弁護士

門間進

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成七年六月一日以降毎月二五日限り八九万三一〇三円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  労働契約

(一) 被告は、大型スーパーマーケットの経営等を行う株式会社であり、訴外株式会社朝日セキュリティシステムズ(以下「朝日」という。)は、被告の関連会社で、総合警備保障等を業とする株式会社である。

(二) 原告は、昭和四七年四月に、被告に入社し、平成五年九月に朝日に出向し、平成六年九月から朝日西日本統括本部業務部次長としての職務に従事していた。

(三) しかるに、被告は、原告を懲戒解雇したとして、原告が被告の従業員の地位にあることを否定している。

2  結論

よって、原告は、被告に対し、労働契約に基づき、原告が被告の従業員の地位にあることの確認と、平成七年六月一日以降毎月二五日限り八九万三一〇三円の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

三  抗弁

懲戒解雇

1  平成七年一月一七日、いわゆる阪神・淡路大震災が発生したので、朝日は対策本部を設置し、原告は右対策本部の総合事務局の責任者の一人として、業務に従事していた。原告は、同月二二日、朝日の東日本統括本部からの応援者約二〇人の接待をし、同月二三日、その夕食代を精算するに当たり、領収書の金額中一〇万円の単位の「1」を「2」に書き換え、本来右領収金額が一六万四三六八円であるところ、これを二六万四三六八円に見せかけ、経費請求申請書に改竄後の金額である二六万四三六八円と記入し、原告があらかじめ朝日から仮払金として預かっていた四〇万円から右金員を支出して、もって一〇万円を水増し精算して着服した(以下「本件着服」という。)。

2  本件着服は、被告就業規則六一条一一号所定の懲戒事由(「職務または権限を利用して不正な手段により自己または他人の利益をむさぼったとき。」)に該当する。

3  被告は、原告に対し、平成七年八月一〇日、被告就業規則六一条一一号、六二条一項五号に基づき、原告を同日付けで懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2は否認する。

被告就業規則六一条一一号には、懲戒事由として、「職務または権限を利用して自己または他人の利益をむさぼったとき。」と規定されている。「むさぼる」の語義は「欲深く物をほしがる」「際限なくほしがる」であるとされている。

原告の本件着服による被害金額は一〇万円に過ぎず、不正行為も一回限りの偶発的行為であったこと、阪神・淡路大震災後の過酷な労働条件下で身心が疲弊したときの行為であったことを考慮すると、原告の本件着服は、被告就業規則六一条一一号所定の「職務または権限を利用して不正な手段により自己の利益を」得たことには間違いないが、利益を「むさぼったとき」には該当しない。

また、被告就業規則六一条一一号の懲戒事由の該当性を判断するに当たっては、同条各号との均衡を考慮することが必要であるところ、同条七号には、懲戒事由として、「刑法その他の法令に規定する犯罪により、有罪の判決を受け、社員としての対面を汚損したとき。」と規定されているが、原告は本件着服で有罪判決を受けてはおらず、その均衡からも、本件着服は、同条一一号に該当するものではない。

3  同3は認める。

五  再抗弁

1  労働基準法二〇条三項、一九条二項違反

(一) 被告は、原告に対して本件懲戒解雇の意思表示をするに当たり、行政官庁の認定を受けなかった。

(二) したがって、本件懲戒解雇は、労働基準法二〇条三項、一九条二項に違反し、無効である。

2  二重処分及び手続的瑕疵

(一) 朝日は、原告に対し、平成七年二月二五日、本件着服を理由として自宅待機を言い渡し、六月二日、五月三一日付けで原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

被告は、原告に対し、平成七年七月一一日付けで、朝日の右懲戒処分の意思表示をないものとして取り扱い、同時に原告の出向を解除し、被告人事本部付けにする旨の意思表示をした。

(二) 被告就業規則六一条には、懲戒は賞罰委員会規則に定める手続を履践して行う旨規定されているが、被告賞罰委員会規則七条によれば、賞罰委員会は原則として事案発生(発覚)後一〇日以内に開催するものとされている。

(三) しかるに、被告の賞罰委員会が開催されたのは、平成七年八月三日であった。

(四) 右の事情を考えると、被告による本件懲戒解雇の意思表示は、手続的な瑕疵があるというべきであるから、無効である。

(五) また、原告は、平成七年二月二五日に朝日から自宅待機を言い渡されてから平成七年七月一一日まで、朝日に出勤することが許されなかった。この措置は、実質的には出勤停止処分と同視されるべきであるから、被告による本件懲戒解雇は、右実質的出勤停止処分に重ねてした二重処分であって、その点においても無効である。

3  解雇権濫用

(一) 本件着服

本件着服は、偶発的であり、金額もわずか一〇万円に過ぎず、原告は、朝日に対し、本件着服発覚直後の平成七年二月八日、右一〇万円を返還した。

(二) 阪神・淡路大震災直後の特殊事情

(1) 平成七年一月一七日、阪神・淡路大震災が発生し、朝日においても対策本部が設置され、原告はその総合事務局の責任者の一人として復旧作業に従事した。朝日には被災した従業員も多く、また交通機関も遮断されていたため、復旧作業は通常の勤務体制の半分の人員で、食料の不足場所の確認、顧客の崩壊場所の確認、社員の安否の確認、食料品の買い出し、運搬車の確認、応援者の慰労会の手配、宿泊場所の確保等の対応に追われた。そのため、原告の作業量は平常時の二ないし三倍に達していた。

原告は、平成七年一月一七日は徹夜をし、一八日は午後一二時ころにようやく帰宅でき、一九日からは朝七時三〇分に出勤し、午後一二時ころに帰宅する毎日であった。原告は、極度の緊張と疲労のため、もともと睡眠時間が三ないし四時間ほどしかとれなかった上、原告の居住する猪名川地区(当時は大阪府池田市居住)の余震におびえた家族に起こされたので、ほとんど睡眠をとることができなかった。

(2) 以上のような経緯から、原告は、本件着服を行った平成七年一月二三日には、疲労の極に達していた。

(三) 原告の勤務態度

原告は、昭和四七年に被告に入社してから二三年間、まじめに勤務し、本件着服以外には不正行為を行ったことはなかった。

原告は、被告在籍中、幹部候補生となるためにスーパー大学校を四〇日間受講し、第九期卒業生となった。昭和五〇年七月には、防火管理者の資格を取得し、昭和五〇年一二月には売場管理実務講座、昭和五一年二月には空調技術講座、昭和五五年六月にはニューマネージメントマスターコース、昭和六二年三月には経営財務コースを修了した。昭和六一年七月にはV革フィットネス作戦で社長賞、昭和六二年上期、下期にそれぞれ社長賞を、平成元年一二月には営業本部長賞を二回受賞し、勤続一〇年、勤続二〇年の表彰も受けた。

(四) 家庭の事情

原告は、妻子をかかえ、一家の柱として生計を維持してきた。本件懲戒解雇時には、子供らは大学生や大学受験生であり、本件懲戒解雇によって原告及びその家族が被る損害は甚大である。

(五) 解雇権濫用

(1) 懲戒解雇は、労働者に与える影響に鑑み、懲戒解雇事由に該当する行為をした労働者を企業にとどめおくことができないほど客観的に重大な職場秩序違反をした場合に初めて認められるものである。

(2) しかるに、以上のとおり、本件着服は、それ自体背信性が比較的軽微である上、原告が阪神・淡路大震災の対応に追われるという特殊事情の中で行われたものであること、原告及びその家庭に与える影響等を考慮すると、本件懲戒解雇は懲戒処分として重きに失し、解雇権の濫用として無効というべきである。

(3) また、原告は、本件着服当時、阪神・淡路大震災直後の混乱状態の中、休養らしい休養もとれないという過酷な労働条件下で復旧作業等に忙殺されたことにより、意識の一部又は全部が解離するという解離症状を発症して是非弁別能力が喪失し又は著しく減退するまでに追い込まれ、その結果、本件着服に至ったものである。したがって、本件着服の原因は、被告のストレス管理のミスにあったというべきである。しかるに、被告が、原告に対し、本件懲戒解雇の意思表示をしたのは、右ストレス管理のミスを原告に一方的に押しつけたものであり、その意味においても、本件懲戒解雇は、解雇権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否

1(一)  再抗弁1(一)は認める。

(二)  同1(二)は争う。

2(一)  同2(一)ないし(三)は認める。

(二)  同2(四)は争う。

(三)  同2(五)は争う。

朝日が原告に対して言い渡した自宅待機は、賃金等は全額保障され、その期間中は全て出勤扱いとされ、単に労務の提供を免除するものであったから、懲戒処分としての出勤停止処分とは異なる。したがって、本件懲戒解雇が二重処分として無効になることはあり得ない。

3(一)  同3(一)のうち、本件着服の額が一〇万円であったこと、原告が、朝日に対し、平成七年二月八日に右一〇万円を返還したことは認め、その余は争う。

原告が領収書の金額のうち一〇万の位の「1」を「2」に書き換えたのは、この程度ならば一人当たりの飲食代金は約一万三〇〇〇円になり、上司の承認を得られると考えたからである。また、原告は経費請求申請書に、改竄後の金額である二六万四三六八円との数字を三か所に記入し、預り金四〇万円との差額を正確に計算している。

そもそも、会社の金銭を着服するのは会社に対する重大な裏切り行為である。被告は、大型スーパーマーケットの経営が大きな比重を占め、そのため多額の現金を日常的に扱うので、金銭に関する不正の発覚が性質上困難であるから、被告では、金銭に関する不正には、金銭の多少にかかわらず厳罰に処してきた。原告は、朝日に出向するまで長年被告に勤務し、店長の経験もあるので、右の事情は知っているはずであるのに、あえて本件着服を行ったものである。

原告は、本件着服当時、朝日西日本統括本部の業務部次長の地位にあったが、実質は業務部長としての業務を担当しており、西日本統括本部において原告の上司は同本部長しか存在しない。したがって、原告の本件着服は、その地位からいっても、朝日及び出向元の被告の信頼を裏切った極めて悪質な行為である。

なお、原告は、本件着服当時、毎月の賃金では家計が赤字になるので、年二回の賞与によってその赤字を補っている状態であった。本件着服が行われたのは、賃金の支払日である一月二五日の直前の二三日であったので、手許不如意から本件着服に及んだことは十分に考えられる。

したがって、原告の本件着服は、偶発的なものではなく、周到に計画された悪質な犯行である。

(二)  同3(二)は、概ね認めるが、本件着服当時、原告が極度の緊張と疲労の状態にあったとの点、及び、疲労の極に達していたとの点は争う。

平成七年一月一七日に発生した阪神・淡路大震災は、未曾有の大災害であり、多くの人が災害からの復旧作業に不眠不休で当たったのであり、原告一人が復旧作業に従事することを強いられたのではない。原告は、家屋の倒壊や家族の傷害もなく、避難所生活を送ることもなく、電気、ガス、水道等のいわゆるライフラインにも支障がなかったので、被災者の中では幸運な部類に属する。原告が余震におびえた家族に起こされて睡眠時間を確保できなかったとしても、これは原告のみに限られた事情ではなかった。

原告が、本件着服の際に従事していたのは、要するに、被災地の中心部から離れた地点に所在する朝日西日本統括本部(大阪府吹田市所在)内において、あらゆる情報の収集整理と朝日東日本統括本部、同九州統括本部からの応援者への対応という、いわば内部の仕事であって、被災現場に赴き、あるいは被災した顧客と折衝する等の精神的にも肉体的にも負担や困難を伴う業務ではなかった。

原告が、平成七年一月一七日、勤務先で宿泊した事実は認めるが、当日は交通機関がほとんど不通で、朝日の本部長も宿泊していたのであって、災害当日の緊急時としては、むしろ当然のことである。その日でも、原告を含めた宿泊者は、交替で三時間ずつの仮眠をとり、完全な徹夜をしたわけではなかった。これ以降、原告の帰宅が遅くなったのは事実であるが、これも応援隊に属する社員業務に比較すれば過重な業務とはいえない。しかも、原告がこうした災害への対応で心身が疲弊していたことと、原告が領収書を改竄し、朝日の金銭を着服(本件着服)したこととの間には、何らの因果関係もない。

(三)  同3(三)は認める。

ただし、原告は、昭和四七年三月に明治学院大学法学部を卒業し、同年四月、将来の被告の幹部要員として期待されて被告に入社した者であるから、原告が、被告において、自己の仕事を確実にこなし、ある程度の実績を作り上げることはむしろ当然のことである。

スーパー大学校とは、監督者養成講座で、一回当たり九〇ないし一〇〇名を対象に、年四回実施するもので、現在の卒業生は一万人を超えている。売場管理実務講座、ニューマネージメントマスターコース、経営財務コースとは、いずれも通信教育であり、被告では社員教育の一環としてこれらの受講を勧めているもので、現在は一回当たり平均約四〇〇名が受講している。空調技術講座は、エアコンの販売強化のため、株式会社ダイキンの協力を得て、電器売場担当の社員に対して実施したもので、受講者全員に同社より修了証が交付された。

V革フィットネス作戦とは、被告が昭和五八年の決算で大幅赤字を計上したことを受け、各部署、職位別に重点改善項目を設け、全社的に営業改善に取り組んだもので、一定条件以上の成績をあげた者に表彰状、表彰楯と金一封を授与した。

原告の、被告における昇進昇格は、平均的なものであり、とりわけ優秀で抜擢人事が行われたというような事実も存在しない。

したがって、被告が原告に対する懲戒処分を検討するに当たり、日常の勤務成績、その他を勘案して特に情状酌量すべき事実は存在しなかった。

(四)  同3(四)は認める。

原告は、本件懲戒解雇時、満四七歳であった。この年齢層の者が、妻子を持ち、子供が大学進学といった時期にあることは、世間の常識からみて普通のことであり、原告に特異な例ではない。したがって、被告が、原告の本件懲戒解雇を決するに当たって、原告の家庭の事情を斟酌しなかったのは当然である。

(五)  同3(五)は争う。

原告は、金銭的に困っていた状態ではなかったにせよ、手許不如意の状態で、朝日から預り金を委託されたのを奇貨として、経費申請書と領収書との突き合わせが甘い状態であることに乗じ、領収書の数字を怪しまれない範囲で改竄し、金銭を着服(本件着服)したのである。

したがって、本件着服は、周到に計画された悪質な犯行というべきであり、心神耗弱状態の下での行為であるとは到底いうことができない。しかも、被告は金銭着服等を犯した者は、ほとんど例外なく懲戒解雇処分に処しているものであり、このことを熟知していた原告が、金銭の誘惑にかられたとはいえ、本件着服を行ったことは、許すべからざることである。

よって、本件着服は、十分に懲戒解雇に相当するので、本件懲戒解雇が解雇権の濫用に当たることはない。

七  再々抗弁

解雇予告手当の支給(再抗弁1に対し)

被告は、原告に対し、平成七年八月一〇日、解雇予告手当を、原告の賃金受領用の銀行口座に振り込んで支払った。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁(解雇予告手当の支給)について

再々抗弁は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1(労働契約等)は当事者間に争いがない。

二  抗弁(本件懲戒解雇)について

1  抗弁(本件懲戒解雇)のうち、1(本件着服の存在)及び3(本件懲戒解雇の意思表示)は当事者間に争いがないが、原告は、2(本件着服の就業規則該当性)について争うので、以下、この点につき検討する。

2(一)  原告は、被告就業規則六一条一一号に、懲戒事由として、「職務または権限を利用して自己または他人の利益をむさぼったとき。」と規定されていることは認めるものの、同条同号所定の「むさぼった」の語義は、「欲深く物を欲しがる」ことであるところ、本件着服に係る金額は一〇万円にすぎず、不正行為も一回限りの偶発的なものであったこと、本件着服は阪神・淡路大震災後の過酷な労働条件下でなされたこと、被告就業規則六一条七号には懲戒事由として「刑法その他の法令に規定する犯罪により、有罪の判決を受け、社員としての体面を汚損したとき。」と規定されているところ、就業規則該当性を判断する場合には他の懲戒事由との均衡を考慮するべきであることからすると、原告は、本件着服について有罪判決を受けたわけではないことに鑑みるとき、本件着服は、前記六一条一一号所定の懲戒事由に該当しないと主張する。

(二)  確かに、原告主張のとおり、右六一条一一号にいう「むさぼった」という言葉は、反復性、貪欲性を語感として有するが、それ自体明確な外延を有するものではなく、たとえ偶発的行為で過酷な労働条件下でなされたものであったとしても、会社の金銭を着服する行為は、会社に対する重大な背信行為であるというべきであるから、それだけで利益を「むさぼった」行為であると解すべきである。したがって、本件着服は、右六一条一一号にいう、「利益をむさぼった」に該当するということができる。

(三)  また、(証拠略)によれば、被告就業規則六一条七号に、懲戒事由として、「刑法その他の法令に規定する犯罪により、有罪の判決を受け、社員としての体面を汚損したとき。」と規定されていることが認められるものの、右六一条七号と同六一条一一号とは、別個の懲戒事由を定めたものであり、右六一条七号の規定が存するからといって、犯罪を構成すべき行為のすべてについて、それが有罪判決を受けなければ懲戒事由となし得ないと解すべき根拠はない。かえって、同条一三号が、懲戒事由として、商品を不正に店外に持ち出すことを定めるのみで、右有罪判決を受けることをその要件としていないことに照らせば、原告が本件着服につき有罪判決を受けていないからといって、本件着服を、前記六一条一一号所定の懲戒事由に該当すると解することは、何ら当を失するものではない。

(四)  右に判示したところからすれば、本件着服は、被告就業規則六一条一一号所定の懲戒事由に該当するというべきであるから、原告の前記主張は理由がない。

3  以上によれば、抗弁は理由がある。

三  再抗弁1(労働基準法二〇条三項、一九条二項違反)について

再抗弁1(一)(除外認定の不存在)は当事者間に争いがない。

四  再々抗弁(解雇予告手当の支給)について

労働基準法二〇条三項、一九条二項所定の行政官庁の認定は、解雇予告手当を支給する解雇には必要がないというべきところ、再々抗弁(解雇予告手当の支給)は当事者間に争いがないので、再々抗弁は理由がある。

五  再抗弁2(二重処分及び手続的瑕疵)について

1  再抗弁2(一)(自宅待機及び本件懲戒解雇の意思表示の存在)、同2(二)(手続規定)、同2(三)(被告賞罰委員会開催の日時)は当事者間に争いがない。

2  原告は、被告賞罰委員会規則七条で同委員会が原則として事案発生(発覚)後一〇日以内に開催される旨規定されているところ、現実には事案発覚(平成七年二月八日)から約六か月が経過して同委員会が開催された(平成七年八月三日)のであるから、同委員会の開催には手続的瑕疵があり、結局右手続的瑕疵により本件懲戒解雇が無効となると主張する。

しかし、右賞罰委員会規則七条が「原則として」事案発生(発覚)から一〇日以内との文言を用いていることや同条の趣旨として、同委員会の開催が遅延したからといって、手続的に瑕疵があるとはいえず、それだけで同委員会の議を経てした本件懲戒解雇を無効ならしめるものとは到底考えられず、原告の右主張は理由がない。

3  また、原告は、本件着服により、平成七年二月二五日に朝日から自宅待機を言い渡されてから平成七年七月一一日まで朝日に出勤することが許されず、右は、実質的には出勤停止処分を受けたに等しいのであるから、本件懲戒解雇は二重処分として無効であると主張する。

しかし、(証拠略)によれば、懲戒処分としての出勤停止とは、七日以内(期間中の休日を含む。)出勤を停止し、その間給与を支給しない処分をいうところ(被告就業規則六二条一項三号)、前記のとおり、原告に対しては、自宅待機期間中も賃金が支払われたのであるから、右自宅待機は懲戒処分に該当するものではないというべきであり(同六二条三項参照)、したがって、本件懲戒解雇が二重処分として無効になるということはないので、原告の右主張は理由がない。

4  以上によれば、再抗弁2はいずれも理由がない。

六  再抗弁3(解雇権濫用)について

1  当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、右認定に反する(証拠略)は、前掲各証拠に照らし、採用することができない。

(一)  被告は、大型スーパーマーケットの経営等を目的とする株式会社であり、朝日は、被告の関連会社で、総合警備保障等を目的とする株式会社である。原告は、昭和四七年四月、被告に雇用され、平成五年九月、朝日に出向し、平成六年九月から、朝日の西日本統括本部業務部次長としての職務に従事していた。

(二)  原告は、昭和四七年四月に被告に入社して以来、被告及び朝日で二三年間勤務し、妻子を抱え、一家の支柱として家計を支えてきた。原告は、その間、本件着服を除き、不正行為は一度も行ったことがなかった。

原告は、被告に入社後、スーパー大学校を四〇日間受講し、社内の通信講座であるニューマネージメントコースを修了したほか、昭和五〇年一一月には売場管理実務講座、昭和五一年二月には空調技術講座、昭和六二年三月には経営財務コースを修了し、昭和六一年三月には社長賞で表彰された。

(三)  平成七年一月一七日早朝、阪神地区を中心として、阪神・淡路大震災が発生した。朝日は、直ちに西日本統括本部に対策本部を設置し、原告は右対策本部の総合事務局の責任者の一人として、朝日西日本統括本部の入居する江坂オフィスセンター(大阪府吹田市所在)に常駐し、顧客の崩壊場所の確認、家屋の倒壊の確認、食糧の不足場所の確認、食糧の買い出し、運搬、自動車の確保、朝日東日本統括本部や同九州統括本部からの応援者の慰労、激励、宿泊対応等の業務のほか、復旧マニュアル作成のための時系列的な記録の作成に従事した。

(四)  原告は、平成七年一月一七日、帰宅せずに対策本部に泊まり込み、一八日午後一二時ころに帰宅した。その後、原告は、一月二二日まで、午前六時半ころに家を出て、午後一二時ころに帰宅する生活を続けた。原告は、就寝後も、余震におびえた妻から起こされることが毎日のように続いた。

(五)  原告は、平成七年一月二二日、朝日東日本統括本部からの応援者に対する慰労会を手配し、右飲食代金一六万四三六八円(二〇人分)を仮払いし、領収書の交付を受けた。原告は、平成七年一月二三日、右仮払の飲食費を精算するに当たり、右領収書の一〇万円の位の「1」を「2」に改竄し、飲食代金を二六万四三六八円に見せかけ、経費請求申請書に、右改竄後の金額である二六万四三六八円を記入して、仮払金の清算手続をし、もって差額の一〇万円を着服した(本件着服)。

(六)  原告の本件着服は、平成七年二月八日に朝日に発覚した。原告は、本件着服の発覚当時は、顛末書を作成し、領収書改竄の事実を認めていた。原告は、平成七年二月一〇日までは、朝日西日本統括本部業務部次長としての職務に従事していたが、二月一一日に朝日の本社(当時は大阪市都島区所在)に出頭する途中、JR京橋駅南口の階段で足を滑らせて転倒し、二週間の入通院を要する頭部外傷Ⅰ型等の傷害を負った。そのため、朝日は、平成七年二月一五日付けで、原告を業務部次長職から解き、朝日の人事室付とした。原告は、平成七年二月二五日に出勤可能となったので、同日、朝日の人事部長の米田が原告から事情を聴取したところ、原告は、領収書は第三者が原告を陥れるために改竄したものであると述べ、本件着服の否認に転じた。朝日は、原告に対し、平成七年二月二五日、二月二六日以降処分の決定まで自宅待機とするが、その間は出勤扱いとし、賃金も支払う旨を通告した。原告は、朝日の社長に対し、平成七年三月一〇日付けで、本件着服を否認し、職場への復帰を求める嘆願書を郵送した。

(七)  朝日は、退職金の支払を受けられるよう、原告に依願退職の申出を勧めたが、原告が拒否したため、平成七年六月二日、本件着服を理由として、平成七年五月三一日付けで原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。被告は、直前になって、朝日から、原告を懲戒解雇することを知らされた。被告は、被告の出向社員である原告を朝日が解雇することには、手続上問題があると考えたが、懲戒解雇自体はやむを得ず、また、原告がこれに応じて退職した場合には、問題も解消すると判断し、成り行きを見守ることとした。しかし、原告が右懲戒解雇を不服とし、その無効を主張して、地位保全等の仮処分を申請するに至ったため、被告は、正規の手続きに則って原告を懲戒解雇に付することとし、朝日のした右懲戒解雇の意思表示をないものとして取り扱い、平成七年七月一一日付けで原告の出向を解除して被告の人事本部付とし、被告として事実関係の調査に着手した。被告は、原告に対し、平成七年七月一七日、被告の人事本部に出頭を命じ、原告から事情聴取を行い、七月二二日には、退職金が満額出る依願退職の申出を促したが、原告はこれに応じなかった。

(八)  被告は、原告の本件着服は懲戒処分に相当すると考えたので、平成七年八月三日、被告賞罰委員会規則に基づき、原告を出頭させた上、賞罰委員会を開催した。被告は、平成七年八月七日、原告を懲戒解雇することに意思決定し、八月一〇日、原告に対し、解雇予告手当を送金するとともに、懲戒解雇する旨の意思表示をした(本件懲戒解雇)。

2(一)  原告は、本件着服は、偶発的な行為で金額がわずか一〇万円と小(ママ)額であり、しかも、本件着服発覚直後、朝日に右一〇万円を返還したのであるから、それ自体背信性は比較的軽微であると主張する。

(二)  しかし、前記認定のとおり、被告は大型スーパーマーケットの経営等を目的とする株式会社であるから、会社の金銭の着服は、それ自体会社と従業員との間の労働契約の基礎となる信頼関係を破壊させるに十分なほど背信性が高い行為であるというべきところ、原告が、被告から出向して被告の関連会社である朝日の西日本統括本部業務次(ママ)長という要職に就いていたことを考えると、本件着服の背信性は一層高いといわざるを得ない。また、大型スーパーマーケットは、小口の金銭が頻繁に出入りする業種であるから、金銭に関する不正の入り込む余地が比較的大きいにもかかわらず、その発覚が比較的困難であることは経験則上明らかというべきであり、したがって、被告が金銭に関する不正には厳罰をもって臨むことにはそれなりの合理性があり、現に(証拠略)によれば、被告は、レジの不正精算、不正チェックアウト、現金の抜き取り、着服等に関与した従業員、アルバイトに対しては、たとえ被害金額が小(ママ)額であっても、懲戒解雇等の懲戒処分をしてきたことが認められる。

(三)  したがって、本件着服は、原告の地位、行為内容等に照らし、背信性の強いものである上、これまでの被告における金銭の着服等における従業員に対する処分例との均衡からいっても、本件懲戒解雇は、相当性を失するものではないというべきであって、必ずしも苛酷であるとはいえない。

なお、被告は、本件着服の行為態様につき、本件着服は、周到に計画された悪質な犯行であると主張するが、前記認定によれば、原告は、魔が差したというべきであるとしても、本件着服が意図的なものであって、背信性の強いものであることは明らかであるが、それが周到に計画されたというには、そのような事実を窺わせるに足る適確な証拠がない上、前記認定のとおり、本件着服当時に原告の家計が特に困窮していたと認めるに足りる証拠はないこと、本件着服自体、一見して発覚するような幼稚な行為態様であったことに鑑みると、いまだ、本件着服が周到に計画された犯行であるとまで認めることはできない。

3(一)  また、原告は、本件着服当時、いわゆる阪神・淡路大震災直後の混乱状態の中、休養らしい休養もとれないという過酷な労働条件下で復旧作業等に忙殺されたことにより、原告の精神状態に障害が生じ、その結果本件着服に至ったのであるから、本件着服の原因は被告のストレス管理のミスであるというべきであって、被告が原告を病的状態に追い込みながら一方的に原告にその責任を押しつけて懲戒解雇することは解雇権の濫用であると主張する。

(二)  この点に関し、成立に争いのない(証拠略)及び証人白井豊(以下「白井医師」という。)の証言によれば、次の各事実が認められる。

(1) 白井医師は、本件着服当時、原告に、睡眠障害、食欲不振、体重減少、消化器症状、強度の疲労感、涙もろさという、いずれもストレスによって引き起こされた精神的あるいは身体的症状が見受けられたことから、原告は、ストレス関連障害のうちの適応障害であったと診断した。

(2) ストレス関連障害のうちの適応障害とは、ストレスに係る生活変化があり、これに適応できないときに発生する神経症で、その症状は多彩であり、抑うつ気分、不安、心配(あるいはこれらの混合)、現状の中で対処し、計画、あるいは継続することができないという感じ及び日課の遂行がある程度障害される症状が含まれる。適応障害の中には、怠学、破壊、無謀運転、喧嘩、法的責任の不履行、他人の権利又は年齢相応の主要な社会的規範や規則を犯すなどの行為の障害を伴う「行為障害を伴う適応障害」という診断単位が存在する。「行為障害を伴う適応障害」と診断されるためには、患者が右のような反社会的行動を反復することが要件となる。

(3) 「行為障害を伴う適応障害」に罹患した患者は、右のような反社会的行動を反復することがあるが、右「行為障害を伴う適応障害」に罹患した者は、反社会的行動をとることはほとんどない。

(三)  しかしながら、前記認定によれば、原告は、本件着服当時、心身ともに疲労が相当程度蓄積していたことが認められるが、前記認定のとおり、原告は、本件着服時以外には不正行為を行うなどの事実はなかったのであるから、本件着服当時、原告が反社会的行動の伴う「行為障害を伴う適応障害」であったとまでは認めることはできないというべきである。このことは、白井医師においても是認するところである。また、仮に、前記の原告の疲労ゆえに、原告が本件着服時にストレス関連障害のうちの適応障害に陥っていたとしても、前記認定の事実によれば、原告には、本件着服当時、特段の問題とされるべき行動はなく、自らの業務遂行に支障が生じていた形跡もないのであって、これらの事情に鑑みれば、原告が、自らの意思に反して反社会的行動をとる等、是非弁別能力を喪失していたり、これが著しく減退していたと認めることができないというべきである。

4  また、原告は、本件着服当時、自らの意識の一部又は全部が解離するという解離症状を呈しており、その結果、是非弁別能力が減少していたと主張し、白井医師及び原告は、右主張に沿う供述をする(なお、白井医師の右供述は、原告が本件着服について記憶がないと述べるので、これを前提とする以上、原告が当時、心神耗弱の状態にあったと診断せざるを得ないとするものである。)。しかしながら、白井医師及び原告の右各供述は採用し難いので、原告の右主張は理由がない。

(一)  この点、原告は、本件着服当時の記憶がない旨供述するが、その一方で、前記認定のとおり、本件着服が発覚した時点(平成七年二月八日)で、即座に本件着服を認める顛末書を作成し、特に抵抗することなく本件着服に係る金一〇万円を朝日に返還し、平成七年二月二五日に米田の事情聴取を受けるまでは本件着服を認めていた。

(二)  原告は、大型スーパーマーケットの経営等を主たる目的とする被告に長年にわたり雇用されていたのであるから、会社の金銭の着服がどれほど重大な背信行為であるかは十分認識していたはずであり、したがって、身に覚えのない着服行為を即座に自認して被害金を返還するとは、経験則上考えられない。

(三)  したがって、原告の本件着服の記憶がない旨の供述は信用することができず、そうである以上、白井医師の前記供述はその前提を失うので採用し難く、それゆえ、右記憶欠如を前提とする原告の心神耗弱の主張は、これを裏付ける証拠がないというべきであるので、理由がない。

5  以上認定の事実を総合すると、原告による本件着服は、周到に計画された犯行であるとまではいえないものの、意図的なもので、その性質上、会社に対する重大な背信行為であるというべきであり、右発覚後、被告が、原告に対し、退職金が支給できるよう依願退職の申出を繰り返し勧めたにもかかわらず、これが拒否されたため、賞罰委員会の議を経た上で、本件懲戒解雇に至ったことが認められ、その一方、原告が、本件着服当時、阪神・淡路大震災の復旧作業等に精力的に従事していたものの、右作業に伴うストレスに起因する「行為障害を伴う適応障害」等により事理弁識能力が喪失し又は著しく減退していたと認めることはできず、解離症状を前提とする心神耗弱も認めることができない。

したがって、右事実によれば、前記認定の原告の本件着服前の勤務態度、本件着服当時の心身にわたる疲労の蓄積、本件着服に係る金員の返還の事実、原告が、本件着服のほかは不正行為を行ったことがないこと、本件懲戒解雇が原告の家計等に与える影響等、原告のために有利に斟酌すべき事情を考慮しても、本件着服に懲戒解雇をもって臨むことが著しく苛酷であるということはできない。

6  以上によれば、再抗弁3は理由がない。

七  結論

以上の事実によれば、原告の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)

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